「火星のわが家」はインディペンデント映画だ。PFFで何度も入選を果たした大嶋拓監督 の「カナ」に続く2本目の劇場公開映画である。火星に土地を買って移り住もうという夢を実現しようとした、40年程前に実在した 老科学者の話をベースに、日下武史さん扮する科学者の晩年を軸にして30歳を超えた2人 の娘の生き方を、日常生活の機微を通して描くホームドラマである。
5月の連休の終わり頃、全く面識のない大嶋さんから一本の電話。「シノプシスをFAXす るので、よかったら・・・」と。それを読んで私は、心秘かにこういう本を待っていたの ではないかと直感した。
プロデューサーでもある監督にお会いして「お金はあまりないん ですが、時間はたっぷりとろうと思っています。」と言われ、一瞬スタッフの人件費のこ とで頭が白くなったが、うれしい言葉として受け止めることができ、覚悟が決まった。
それ以後、「WELLCOME TO 手づくりワールド」が始まった。監督は父親役を日下さんの イメージで脚本を一気に書き上げ、日下さんもそれを読んで快諾。8月1ヶ月をこの映画の ためにあけてくれた。娘2人はジャズシンガーの鈴木重子さんと、ロックシンガーのちわき まゆみさんという異色の組み合わせとなった。
6月にはいると日下さんが役づくりのため脳梗塞のリハビリ施設に足を運んでいらっしゃる とか、俳優さんたちはもう科白がはいっているらしいという情報がとびかって、私たちも燃え ないわけにはいかなくなった。 さて、問題は全体の6〜7割をしめる科学者の家である。大嶋監督はウソっぽいものが大嫌い なリアリストであるだけでなく、ウソっぽいものを見抜く眼力の非常に強い人だ。限られた 予算の中で美術部にがんばってもらっても限界はあるし、いっそそのまま使えるお宅を捜そ うという無謀にも、当たり前の発想で家捜しが始まった。お借りできる家に合わせて脚本を 修正してもよいという覚悟で捜したがそんなに簡単に見つかるわけがなかった 。最後に無手 勝流というのだろうが"WANTED火星のわが家を知りませんか"というビラを作って撒いたり したが、当然のことながら見るべき成果はなかった。 結局、監督の古い知り合いの御夫婦が住まわれているお宅を大変な無理を言ってお借りするこ とになった。このお宅が信じられない程、脚本にピッタリで御夫婦の年令も脚本の設定と同じ 位だったのである。この幸運を大切にしなければならない。 正直、私はこのお宅が見つからな ければ、この映画は成立しなかったと思うし、ここが見つかった事で多少の勝負権を得られた 気がした。 しかし、ここには御夫婦の生活がある。まだぬくもりの残った茶わんのある居間へズカズカ入 って20日間近く撮影することに抵抗がなかったわけではないが、こちらが気を使いすぎてやり たい事もやらずにいるのは、結果的には、御夫婦の好意を無にすることだと割り切って撮影に臨 んだ。1日12時間以内という約束だ。ディシーンが多い日は早番で朝8時から夜8時まで。ナイ トシーンが多い時は遅番で朝10時から夜10時までというスタイルになった。ラッシュを見ると 築30年の本物の重みがそのまま映画の厚みとなって大成功。ありがとうございました。
子供の頃、外で夢中で遊んで家に帰って来た時、家の中がやたら暗く感じられたものだ。実際に 暗いということももちろんあるのだが、ただ遊び回っていた外に比べて家の中には、どこか人間 関係のよどみのようなものがあって、それが想像以上の暗さを感じさせるのではないかと感じて いた。今でもその気分は変わらない。それでいて夜は家の明るさにすがりついてしまう。突然こ んな事を書き出したのは、この作品のメインの場所となる居間の1日の明暗をどう表現するかが私に とって最大の課題だったからだ。美術の考え方と同様、できるだけこのお宅の光回りをよりどころにしてにし、 どうしても必要なところだけライティングするという方法をとった。居間のライティング部分は 、U字管蛍光灯のFL500Wライトを4400ケルビンに落としてつり込み、ソファ部分は、照明 技師丸山文雄氏製作の(ボンボリライト)をお借りして、中に100Wの写真電球を4つおさめてつり 込んだ。このライトは簡単に光量やもれを調整できるだけでなく室内調度品にも変身できるすぐれ もので大いに役立った。ピアノの上には、2800ケルビンのスタンド、基本的にはこれだけで おさえは極力おとした。1つの光源の微妙な色温度差がミックスされて、その点はうまくいったと 思う。自分達の暮らしをふり返ってみれば、昼間だって蛍光灯をこうこうとつける時もあれば、夕 方遅くまで明かりをつけない事もある。そんな日常をふり返りながら脚本の流れに沿って、セット したライトを室内照明と考えて点灯していった。後はガラス戸から入る自然光にまかせて露出を切っ ていった。実にシンプルであった。仮に予算が何倍あったとしても、この脚本には、こういう表現 方法が一番あっているだろうと思っている。 こういうつくりの作品での強い味方はファーストレンズと軟調のフィルムである。特別なナイトオー プン以外はすべてVISION320(コダック)を使用した。ディオープンも含めて全体の9割近くである。 1作品をなるべくワンタイプのフィルムで通すのは好きだし、何より人手も少ないこともあって、で きるだけシンプルにした。VISION320の1/8〜1/32までの階調の軟らかさに随分助けられた。それ でいて発売当初より黒がしまっていて随分扱いやすくなったように思う。 この脚本には薄暮のシーンが多い。リアルタイムではとうてい撮りきれないので、ガラス戸にNDフィ ルターをはりつけ、コントロールされた光量の外光と、室内のライトとをミックスさせることで、ブ ルー側の微妙な薄暮感を出そうとした。シンプルな方法論だと思うのだが、人手の少ない小さな組で やってみると結構手間がかかってしまった。が、どうしてもやりたい表現だったのでこだわった。 大嶋監督は、こういう光の作り方を積極的にあと押しして下さったので心強かった。メインの家の暗さとは対照的に長女の嫁ぎ先のマンションは白かべだけのフラットな空間で、奥に畳 の部屋があるごく普通のマンションである。私はこの部屋を文化住宅と呼び、そののっぺりした 感じをぜひ表現してみたかった。襖のもれをわざと生かしたりしてみたのだがむずかしかった。もっ ともこのシーンは、残呎の関係でどうしてもVISION500を使わなければならず、テストもしないまま 、1/2減感して撮ったがそれが結果的にはよかったようだ。VISION320より粒状性が細かく、より軟 らかい階調がこのシーンにぴったりだった。こういうフィルムの使い方をメインにした撮影もぜひや ってみたい。 さて、スタッフ編成である。「少ない人数でも、お金がなくてもここまでできるんだゾ」なんて自慢 する気持ちは、さらさらない。技術パートの人手だけでも絶対数に欠けていた。そのマイナス面はや はり画面のどこかに出ていると思う。ただ技術者として悪条件を逆手にとって少しでも良いものを創ろ うとするのは業であろう。撮影部はチーフと私の2名。照明はオフィス・ドゥーイングから技師の尾畑 弘昌さん1名。ナイトオープンがあって大変な時や会社で助手さんのやりくりがついた時には、何人か に来てもらうという、予算の関係から、ひどく変則的なお願いをしてしまった。尾畑さんとは初めてだったが 、今回のねらいや、私のやりたい事をすぐに理解して対応してもらえ、とてもありがたかった。録音部 1名、ヘアメイク兼衣装1名、記録1名、助監督3名、制作1名、監督をいれて11名の小さな所帯だ。父親役の日下さんは、劇団四季の重鎮。こうゆう手づくり映画の参加は初めてということで、その雰囲気 に溶け込んで下さるかどうか心配ではあった。が、さすがすぐに御自分のポジションを見つけられ、 現場を楽しんでいられる様で、ホッとした。一方映画体験のない娘役のお2人の緊張は計り知れなかっ た。その結果、ちょっとした事件が3日目に起こった。本番テストと本テストという声に異常に緊張を強いられてしまって本番まで持たないというのだ。助監督さんたちは、その意味と必要性 を細かに説明した。そして慣れてもらおうとした。 しかし監督の考えはちがっていた。本テス!の響きの中にある「言っている自分」にも気合いを いれる部分というのが、監督にとってもやはり違和感があったようだ。議論百出。結局本番前を知らせる 緊張感を強いない別の表現と伝達方法を見つけようという事になった。 こで誰からともなく出てきた 言葉がはんなりテスト。言葉の遊びといってしまえばそれまでだが、この現場に関しては私も監督 の考え方に賛成で、以後はんなりテストはこの組の標準語となった。最初のうちは本テスト前に 「 はんなりテストって本テストのことだっけ?」なんて会話も聞こえていたし、日下さんの「半分役に成り きっているから半成りテストなんだヨ」という解説もあったりしたが、現場の雰囲気はすこぶるいい感じ になってきた。その組その場のオリジナルティを生かす事の大切さを学んだような気がした。 大島監督は、やりたい事がはっきりしていらっしゃるだけでなく、それ以上に、やりたくない事をはっき り持っていらっしゃるので、私たちはとても仕事がしやすかった。映像に関しても、そのシーンのリアル ティの有無や微妙な陰影を直感的に読み取ってしまう眼力があって私は何度も驚かされた。
大島監督は、やりたい事がはっきりしていらっしゃるだけでなく、それ以上に、やりたくない事をはっき り持っていらっしゃるので、私たちはとても仕事がしやすかった。映像に関しても、そのシーンのリアル ティの有無や微妙な陰影を直感的に読み取ってしまう眼力があって私は何度も驚かされた。 ラッシュは都合4回見た。スタッフやボランティアの人たちの中には、映像の仕事にかかわっていたものの 、フィルムのラッシュ試写は見たことがない人が何人かいた。だからなるべくそういう人たちにもラッシュ を見てもらえる様に時間設定したために、ラボにも随分無理を言ってきいてもらった。監督はすへてのポジ 編をするため、NG抜きもしていないフィルムを見るのには、私にとってもちよっとつらいものだが、試写 が終わって、若いスタッフが目を輝かせていろいろ言っているのを聞くと、なんだかうれしくなって 、調布駅前のビールの味もしとしおだった。
いろいろな機微の映画の中でも、この作品は小さな機微の1つではありますが、私にとって、映像づくりと いう仕事を、もう一歩自分の側にたぐり寄せることができた貴重な体験となりました。もしチャンスがある ならば、そういう手ごたえをこれからの仕事の中で大きくしてゆきたいと思います。このような機会を与えて 下さった大嶋拓監督に感謝すると共に、スタッフの皆さん、ボランティアの方々、そしていつものことながら 無理をきいて下さった業者のかたがたに御礼申し上げます。有形無形のバックアップをして下さった中堀正夫 氏とその関係スタッフの方々ありがとうございました。 「火星のわが家」は本年劇場公開予定です。はんなりと楽しめる作品だと思いますのでどうぞ劇場へ足をお運び 下さい。