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プロフィール
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●写真集
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木造校舎の思い出(関東編)(近畿・中国編)

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木造校舎1

すべては萩野小学校からはじまったのだ。神奈川県厚木市にあったこの小学校に出会った のは、昭和五五年の冬のことだった。当時私は、テレビコマーシャルの撮影助手をしてい た。
その日、私はある文具メーカーのテレビコマーシャルの撮影で萩野小学校を訪れていた。正確にいうと、萩野小学校は昭和五年以来使っていた木造校舎の取り壊しが決定していて 、すでに他の場所に移っていた。その廃校となる校舎わ舞台に子供たちを集めてミュージ カル風のコマーシャルを作ろうという仕事だったのだ。

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こういうロケーション撮影は待ち時間が多い。いい光を待ってカメラを現場にセットした まま、私はぶらりと散歩に出た。照明がセットされ、影を失ったコマーシャル撮影の現場 を離れ、薄暗がりの方へ一歩踏み込んだとたんに、私はいい知れない情動に襲われた。衝 撃を受けたといってもいいかもしれない。あのときの気持ちをいま言葉にするのはきわめ て困難なのだが、とにかく私に建物が語りかけてきたのだ。

木造校舎2
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木造校舎3

壊されてゆく建物が匂い立っていた。明かりのない廊下の薄暗がりや、理科実験室の人体 模型が、使い込まれすり減った木の机の丸まった角や、逆光の中にシルエットを見せる垂 れ下がったカーテンが、私に向かってなにごとかをいっせいに喋りだしたような気がした。「こんな世界があったんだ・・・・・・・」私は茫然とし、「あわわ」とあわてていた ように思う。自分の中に眠っていた記憶が一瞬のうちに逆流してくる。こんな場所で自分 もむかし笑いながら、怯えながら生きていた。ああ懐かしいという郷愁とはほど遠い、もつと生々しいエロテックな情動だったと思う。

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少女期の私が少年たちの汗の匂いに感じたような、言葉にならない、しかも健全とばかり も言えない語感の情動。十代半ばの多感な時期の大半を、受験校の劣等生として過ごした私は、学校に対して特に 楽しい思いでを持っていないるわけのわからない授業中、教室の窓から枯葉が落ちるのを ボーっと見ていたのを覚えているくらいだ。「学校」から遠く離れていたい。学校のない ところで生きていたいとずっと思っていた。

木造校舎4
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木造校舎5

将来写真家として学校と深くかかわることに なるなんて、そのころ夢にも思わなかった。
写真にしたいと思うものに出会ったのは初めてだった。ムービーやビデオではなく、絶対 スチールでなくてはならないと、すでに決めていた。この校舎がまもなく取り壊しになる と聞いて、翌日私は35ミリ一眼レフを買いに新宿丸井へ走っ以降は時間に攻められる思いで全国の木造校舎の撮影に出かけていった。「はぎの小学校 のようなところが埋もれたまま取り壊されて消えていくのは、なんだか忍びない」という ひどく論理的でない気持ちだけである。

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ムービーの世界でカメラマンとして独立したての私は、お金はなくても時間だけは死ぬほ どあった。お金わいろいろ工面しては地方へ木造校舎を訪ねて出かけていった。
当然ながら最初は何も情報のないところから始めなければならなかった。学校だ、木造の 校舎だといっても漠然としているので、戦前に木造で建築され現存している小学校校舎を 中心に訪ねることにした。戦前に建てられた木造校舎は、その土地の文化や歴史を何らか の形で反映しているような気がした。戦後建てられて現在に残っている校舎は、主にベビ ーブームの時期に必要に迫られて急遽建てられたものが多いのだ。

木造校舎6
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ところが、いざ始めてみると木造校舎捜しの作業は、撮影以上にエネルギーの要するもの
だとわかってきた。
文部省をたずね、都道府県の教育委員会に紹介をお願いし、市町村の役場に問い合わせて だんだん地図を作っていったのだが、「どうしてそんなものわ撮るの?」と逆に問われて しまうことも多かった。今でこそ木造校舎の見直しが議論されてもいるが、この頃は関心 もそれほど高いものではなかったのだ。いろいろな方々に様々な情報もいただいた。撮影 取材に行った先で知り合った方から貴重なアドバイスをいただくことも多かった。
私が木造校舎を訪ねる旅を続けていた一九八〇年代は、日本中がバブルの熱気に浮かれて いた。開発と都市化の波は全国津々浦々までのび、同時に郷土の過疎化はとどめようもな くなっていた。そんななか木造の学校校舎はそのほとんどが使命を全うする運命にあった 。本書に納めた学校のほとんどももうすでに取り壊されたり、建て直されたり、違う目的 で保存されたりしている。「あそこの学校ももうすぐ壊しちゃうらしいから、いまのうち に撮っておいた方がいいよ」という連絡が旅先で知り合っただけの方からいくつも舞い込 んできた。急がなくては、という思いが私をやみくもに動かしていたのかもしれない。
現在までに訪れて撮影した小学校は北海道から九州まで全部で二〇〇校にのぼる。撮影し たタイミングによって、萩野小のように荒廃の美をさらしているところもあれば、元気に 子供たちが走り回っているところもあった。
学校はその土地その土地の姿に似ていると私は思った。特に小さな子供たちが集まってい た小学校は、その土地の持っていた未来に向けての願いのようなものが色濃く感じられて ならなかった。また、木造の校舎にはこういう風でありがたいんだというその土地のもつ 伝統と信念のようなものが住みついているような気がした。一枚一枚がきわめて個性的だ った。
撮影にうかがってお話をうかがえた校長先生はほとんど、個人的には木造校舎を残したい と思っているとおっしゃられていた。しかし、現実にはなかなかそうはならなかつたのだ 。
関東だけを取り上げても大規模校で現在も使われているのは、鹿沼北小学校一校のみであ る。
地域の過疎化を底流に児童数の減少に苦しみ、統廃合による経費の削減わ図ろうという行 政の要請にはいかようにもあらがえるものではなかったのだ。さらに、トイレ・流し等水 まわりや電気配線の老朽化、集中暖房が不可能な構造ゆえの光熱費の高騰、耐震性の不安 等々から「危険校舎」に指定されると、自治体としては改築しないわけにはいかなかった のだ。
木造校舎を木造校舎に建て替えるには、実は鉄筋校舎に建て替えるよりもはるかにお金が かかる。改築にあたって文部省から出る補助金は木造も鉄筋も同じだから、木造にすると なると地元の負担は大きいものになってしまう。そのため木造校舎への改築を断念してし まった学校も多い。
鹿沼北小の場合は、卒業生が中心となって郷土の誇りとして建物を残そうと市議会に働き かけた結果、木造校舎をそのまま改修した稀有な例である。栃木県のいくつかの小学校で はここ数年、木造校舎から木造校舎への建て替えが行われた。林業の盛んな土地だったり 、小規模校だからできたのかもしれないが、木造校舎の良さが現代に生かされるのは、う れしいことだと私は思う。
人々の記憶の中に息づきながら、今生での姿を消してしまった小学校は数知れない。より 合理的に、より近代的にという正当性のために、統廃合され、十分な声を上げることなく 消えていった木造校舎たち。スクールバスでの通学が、「道草」という楽しくも無駄な時 間を子供たちから遠ざけたように、校舎とともに育まれたいろいろな生活の知恵や土地の 営みは、どこへいったのだろう。私は木造校舎にピントを合わせ続けることで、「過疎」 とか「減反」とか、活字でしか接することがなかった多くの現実を見ることになった。
教育に素人の私の独断になんの価値もないかもしれないが、私は鉄筋校舎よりも木造校舎 の方がいい子が育つと思っている。誰にとっても小学校は、記憶の中では特別の場所であ ってほしいところなのだ。高校時代あれだけ学校を忌み嫌った私ですら、いま記憶の中の 王国では、小学校は犯しがたい神聖な、同時にちょっとほろ苦くも甘酸っぱい特別の場所 を占めているのだ。
もちろんご存じの通り木造校舎の多くは、明治時代の軍隊兵舎の造りを基本にした規格性 の強い構造の建物がほとんどである。教室の構造、玄関の造り、土間の切り方、窓の取り 方など画一性の強いものである。
しかし、私が思うには、木造であるというその一点において一つ一つ特徴深い個性を発揮 していると思うのだ。当時の中之条第二小学校の校長先生は、木造校舎だといろんな掲示 物があちこちに張りやすいとおっしゃっていた。それはつまり壊れても汚れても自分たち で直せば使い続けられるということだし、使えば使うほどよくなるということだ。きちん と掃除して、磨けば磨くほど誇らしくさえ思えてくるだろう。自分の使っていたナイフで いたずら書きを彫り込んだ人も多いと思う。
木造校舎の内には、子供たちだけのどこか秘密めいた場所が必ずある。それは気のあった 仲間だけで遊ぶ場所であったり、「たからもの」を隠しておく場所であったり。その一方 でとても開放された空間でもある。
「職員室にいても、廊下の歩き方や響いてくる二階の音の様子で、子供たちが何をやって いるのかよくわかるよ。木造はいいよね。」とベテランの先生に言われたこともあった。 使う側の意図しだいでいろいろな表情を見せてくれるのが木造校舎の魅力なのだと思う。 山の学校では、子供たちが登校時「校舎さん、おはようございます」、下校時に「校舎さ ん、さようなら」と、木造校舎に大きな声であいさつするのをよく見かけた。鉄筋校舎に 向かってこういうことがあるとは、少なくとも私は聞いたことがない。愛着とか親しみと いった言葉だけでは片づけられない、子供たちが木造校舎に感ずる何かがあるのだろう。 子供たちとの生活の中で子供たちとともに磨かれていく木造校舎を撮影していく一方、す でに廃校になってしまって子供たちの消えた校舎へも足を運んだ。特に茨城県美和村の上 桧沢小学校へは三回出かけた。とびきりの豊かな自然とその中で朽ちていかざるを得ない 木造校舎の残酷なバランスにどうしても心動かされ、その後折々の季節に出かけていった。
鉄筋・アスファルトにリノウム。鉄パイプの机と椅子という小学校に失われたものは、傷 をつけても汚してでも残しておきたかった、そこにいた少年少女のかけがえのない時間の すべてだった気がする。
いまの私の部屋には、六つの茶箱があって日本中の木造校舎の写真が入っている。なにご とか語りかけてくる一枚一枚の木造校舎や子供たちの笑顔で、ぎっしり詰まっている。
今回<関東編>として二九校を選び、本書を刊行するにあたっては、少々心を鬼にして写 真選びをしなければならなかった。撮影させていただいた学校の校長先生、お世話になっ た先生方、生徒の皆さん、そして地域の方々、貴重な情報を提供してくださった方々、友 人たちに、この場を借りて心からお礼を申し上げたい。
私がたった一人で始めたこの作品に最初の発表の場を与えてくださった「アサヒグラフ」 編集部の皆さん、特に病床にありながら本の出版のことを気にかけてくださった故平池芳 和さん、ありがとうございました。
特別に親身で適切なアドバイスを多々いただいた中之条町教育委員会の剣持常泰先生、私 の地味な作業を応援し励ましてくれた写真家の橋口譲二さん、お世話になりました。
本書の刊行にあたっては、私のわがままを聞いてくださった上に、いつも高いテンション でつきあってくださったアート・ディレクターの大島孝雄氏、心なごむアドバイスをして くださった情報センター出版局の渡辺由紀枝さんはじめスタッフの皆さんに心から感謝し ます。

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1996年7月 芦澤 明子
「木造校舎」後記より

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●新聞連載
1999〜2000年産経新聞大阪版「時の回廊・校舎をめぐる旅」
主に関西地方の現役の木造校舎を取材した連載記事。一部は「和の学校」に掲載中です。 詳細はここです。

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15年近く撮り続けてきた木造の小学校校舎。その数、全国で200枚をはるかに超えます。写真集ではその一部を地域ごとにまとめました。オールカラーで木肌の質感の表現に思いをこめました。
●木造校舎の思い出(関東編)
残念ながら完売です。図書館にはけっこう置いてあります。
●木造校舎の思い出(近畿・中国編)
お問い合わせは情報センター出版局03(3358)0231まで

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次回は、北海道・東北編を出版したいと考えています。より情報がありましたら是非メール掲示板(コミュニケーション)でお知らせ戴けると幸いです。
また、全国どこでも木造小学校の情報がありましたらお知らせ下さい。

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●CD-ROM
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木造校舎1

木造校舎

−あたたかな日々、懐かしい時間−
近年、建て替えなどにより姿を消しつつある木造校舎。そこには、温もりと豊かな時間がありました。幾人ものこどもたちを育ててきた「木の学校」の姿が、デスクトップによみがえります。
穏やかなメロディと共に綴られる、木造校舎のさりげない風景。さまざまな「あの頃」が詰まった写真の数々。わたしたちが失ってしまった何かを取り戻す、記憶の旅に出てみませんか。

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木造校舎2

写真・文:芦澤 明子
音楽:都留 教博
ナレーション:滝 真子
本体価格:3,900円
[SF-133:1999年1月21日発売]
残僅少

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木造校舎3 木造校舎4 木造校舎5
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●写真:廃校となった学校から、現役で使われている学校まで、木造校舎の多彩な表情をとらえた貴重な写真の数々。もう見ることの出来ない学舎を含む、貴重な木造校舎の写真170点以上を厳選。
●日本各地から、47校の写真を収録。
●写真家・芦澤明子氏が、木造校舎に寄せる温かい思いを綴ったフォトエッセイ「木造校舎をめぐる旅」。ナレーション付きスライドショーで、木造校舎の現在を映し出します。
●ヴァイオリニスト・都留教博が、木造校舎に想を得て書き下ろした楽曲7曲を収録。心にしみわたる柔らかな調べが、心を休ませてくれます。
●おまけ機能も充実:新SFカスタムセーバー搭載。CD-ROMを外して使える新タイプで、更に使いやすくなりました。従来通り、CD-ROMをドライブにセットして使う方法にも対応しています(Mac版はAfter Darkのモジュールの為、After Dark2.0以降が必要です)。Windows版壁紙機能、おまけカレンダー、SFサウンドプレーヤー付属。

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